
香港映画『最初の半歩』
来日舞台挨拶レポート
本国公開10周年記念
スティーヴ・チャン監督が語る、10年越しの物語
2026年8月22日
シネマート新宿/アップリンク吉祥寺/Stranger
本国公開10周年を記念し、香港映画『最初の半歩』(原題:點五步/英題:Weeds on Fire)のスティーヴ・チャン(陳志發)監督が来日。2026年8月22日(土)、都内3劇場(シネマート新宿/アップリンク吉祥寺/Stranger)を舞台挨拶で駆け抜けました。当日の模様と、監督が語った10年越しの制作秘話をお届けします。

運命の巡り合わせ
新聞で沙燕(サーイン)隊の実話を知り「銀幕でみんなに伝えたい」と着想。アイデアの元になった野球監督・ロー・グォンファイ(盧光輝)は2020年に、劇中でロー校長を演じたリウ・カイチー(廖啟智)は2021年に他界。2014年に撮影、2016年に香港公開できたことを、監督は「運命的な巡り合わせ」と振り返った。

ひとつのチームになるまで
新人ばかりのキャストが撮影前の練習を通じて"ひとつのチーム"になっていった過程や、 トニー・ウー(胡子彤)の「あと一歩で、一皮剥けられる」という現場での発言から"この子は化ける"と確信した瞬間を監督が明かした。

新世代のふたり
本作でスクリーンデビューし、台湾映画『霧のごとく』で金馬奨・主演男優賞ノミネートへと羽ばたいたウィル・オー(柯煒林)の素質、そして名優リウ・カイチーが"もう一人の監督"として座組を支えた逸話が明かされた。

銀行口座はほぼゼロ
銀行口座がほぼゼロになったという低予算制作の現実、獅子山(ライオンロック)精神と野球を重ねた映像、タイトル『點五步』(原題)に込めた意味など、10年越しの制作秘話を監督が語った。

トニーからの特別ボイスメッセージ
今回来日が叶わなかったトニー・ウーからは特別ボイスメッセージが届き、アップリンク吉祥寺、Strangerの舞台挨拶各回で携帯電話越しに披露された。トニーは「この映画を好きでいてくれてありがとう」と日本の観客に語りかけた。


監督挨拶
はじめまして。本日は本当にありがとうございます。こうして日本に来ることができたことを、とても嬉しく思っています。10周年という節目でもありますし、まるでタイムマシンに乗って10年前に戻ってきて、もう一度あの頃の初心を体験しているような、そんな感覚です。 10年ぶりに映画を観直すと、やはり色々と感じるところがあります。
10年前の自分はまだまだ未熟だったなと思う一方で、逆に、10年前だからこそ撮れた創造性のようなものも、今こうして観て、改めて感じることができました。
ぜひ映画を楽しんでいただいて、気に入っていただけたら、お友達にも紹介して広めていただけたら嬉しいです。SNSでも拡散していただいて、一日でも長く日本での上映を続けられるよう、お力添えいただけると本当にありがたいです。
特別ボイスメッセージ ── トニー・ウー(胡子彤/ワイ〈細威〉役)
こんにちは、僕、トニーです。今回は、社長のコンサートの手伝いでどうしても香港に残らなければならなくなってしまい、日本に行くことができませんでした。本当にごめんなさい。
でも、すぐにまた日本に行けると思いますし、仕事になるのか、プライベートになるのか分かりませんが……、皆さんにお会いできる日がすぐにやって来ると思います。
『最初の半歩』を好きでいてくれてありがとうございます。ぜひこれを機に、もっともっと香港映画を皆さんに観ていただけると嬉しいです。


企画の原点 ── なぜ、この実話だったのか
本作は1980年代の沙田(シャーティン)を舞台に、香港初の少年野球チーム・沙燕(サーイン)隊の実話をもとに描かれました。この題材を映画にしようと思われた理由を教えてください。
いろいろなきっかけはあったんですけど、新聞がきっかけでしょうか。香港で初めて結成された少年野球チームの実話なんですけど、その記事を新聞で目にした時に、これはぜひ銀幕でみんなに伝えたいストーリーだと、強く感じたんです。
いろいろな思いが積み重なった末に、最終的にこの題材に決めた、というところもあります。ただ、一番大きいのは、やはり巡り合わせですね。改めて振り返ると、もし2014年にこれを撮っていなかったら、今から撮ろうとしても、もう無理だと思うんです。実際の監督(ロー(盧)校長のモデル)は、すでに他界されていますし、商業映画として成功させるために、今から出資者を集められるかといえば、それも非常に難しい。あのタイミングでこの題材に出会い、撮ろうと思えたこと──そのすべてに、運命的なつながりを感じています。
もう一つ補足すると、自分自身も、ああいった団地で育っているんです。この映画でも団地という舞台を強く打ち出していますが、そこも自分の幼少期と分かちがたく結びついていて。「これは自分がやらなければいけない作品だ」と、運命的に強く感じた理由の一つでもあります。
キャスティングと現場 ── 一つの"チーム"になっていった
本作は多くのキャストにとってのデビュー作であり、また、野球未経験の方も多かったと伺っています。撮影前の準備から、現場が"チーム"になっていくまで、印象に残っているエピソードがあれば教えてください。
皆それぞれ、演技も野球も初めてではあったんですが、みんなで集まってやっているうちに、だんだんと化学反応のようなものが起きていったんです。撮影を始める数週間前から、キャスト全員で集まって野球を練習する時間を設けました。その中で少しずつ、本当に一つのチームとなって、野球を身につけていったんです。唯一、トニーだけは野球の経験があったので、彼を中心に、みんなが技術を磨いていきました。 ただ、この映画の面白いところは、彼も含めた全員が、劇中では"初めて野球をやる"ところから演じなければいけない、という点でした。ほかのみんなは実際に初心者なので自然に(野球初心者の演技が)できるんですが、トニーだけは、本当は上手いのに、あえて下手なところから演じなければならなかった。そこも、面白い部分の一つですね。
トニー・ウー(胡子彤) ── "化ける"と確信した瞬間
トニーさん(胡子彤)が演じたワイ(細威)は、感情の振れ幅が大きい難役でした。本作で香港電影金像奨の最優秀新人賞を受賞されています。彼のお芝居の中で、今でも忘れられないテイクはありますか。
一番印象に残っているのは……、彼は感情の起伏が激しいシーンをいろいろと演じているんですけど、その中でも、トイレで顔を洗いながら、自分の心の中の葛藤と戦う、それを表情だけで演じるシーンでしょうか。あそこは、僕の中にすごく残っています。
この撮影の時のエピソードなんですけど、かなり時間が押していて、すぐ次の現場に移らなきゃいけない、という限られた状況下だったんです。撮り終えて、僕としては正直、あと一歩だな、と感じていて。結構時間をかけて、トニーも気持ちを高めて、整理してから撮ったんですが、それでも、あと一歩。撮った後、トニーのほうから「どうでした?」と聞かれて、「いや、もう少しなんだよね」と。トニーも僕も、あと少し足りない、もう少し時間があれば完璧に気持ちを高められるのに、と。二人でそんな話をしていたんです。
その時に感じたんです。こうして話しているトニーは、これが第一作目で、プロでもなんでもないのに、「あと少しで、一線を越えられる、一皮剝けられる」というところまで、自分で分かっている。この作品の撮影の中で、そこまで成長できたことにも、本当に感心しました。